迷ったら内臓に聞く




今、受けてる食の講座で、
先生が

「脳より内臓の方が
よっぽど私たちのことを考えてくれてる」

「腸は第2の脳なんて言われてるけど
もはや第1の脳だと思う」

という話をして下さった。
私がうっすら思っていたことの
点と点が繋がったような気がした。







甘いもの食べたい。
油っこいもの食べたい。
コーヒー飲みたい。
冷たいもの飲みたい。
お酒飲みたい。


それでストレス発散できた記憶がある。
DNAに刻まれた本能で欲する。(糖分と油分)

脳はそういった事を頼りに
食べたい気を起こさせる。



本当は身体はそれを欲してないのに。




だから、
そういった物を欲したとき、
1度意識を胃腸の辺りまで
落として考えてみる。


私は顔を腸の辺りまで
落とすイメージをして、
内臓に聞く。 
(すごい図だけど)


「コーヒー、どうよ?」

すると胃腸のあたりが
どんよりしてる感じが広がる。

「え、じゃあなに?」
「ペパーミント?」
「ハイビスカス?」

1つずつ聞くと、
挙げた名前の中で
それ!それが欲しい!みたいに
身体が反応するものがある。

「あ、今日はカモミールなのね。
寒いしね。」


「わかった。家帰ったら淹れるね。」


脳は
「コーヒー....」
とまだ言ってるときがあるが、
腸のためにカモミールを選択出来るように
随分となってきた。


もちろん、
脳に騙されてることは覚悟で
突き進むこともある(笑)

ちゃんと排出すればいいのだから、
少しぐらい!と。





この、

脳より内臓がずっと私たちのことを
考えてくれている

という感覚は、
食に関してだけではない気がしている。


自分の好きな色、服、もの、決断。
ちゃんと知っていることは
とても大切だが、

自己対話は
様々な雑念が邪魔して
自分の本音がなかなか分からないことが
多々ある。


こっちは雑誌に載ってて、
有名なあの人も持ってるし、
皆にかっこいいって
言われるかもしれないから
「ほしい!」


など、評価、人の目など
選択基準に入ってきて、
本音が分からなくなることがあるのだ。

一瞬にして、
様々な計算をしてしまう脳。

もちろん生命維持のために
敵から身を守るために、
そのように発達したのだが。


だから、何かを決める時、
1度考えるのをやめて、

お腹の辺り(つまり腸のあたり)が
反応するほう。
身体が向くほうをチョイスするように
している。

判断基準が少なくなると
それだけ楽になるし、
間違えることもあるけど
後悔が少ない。








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